「生き辛さを支える」ソーシャルワーカーの相談室

自分の気付きと振り返り(5)

 
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現在は医療機関で医療ソーシャルワーカーとして10年以上働いていおります。相談援助職の国家資格である「社会福祉士」の資格を持ち、介護保険制度のプロである「介護支援専門員」の資格も生かし、医療と福祉の両面で、生活すること、生きること、暮らすことのお手伝いを行っています。 中々人に言い辛い「お金にまつわること」を始めとすることや「社会保障制度」の活用の仕方や、「介護サービスのこと」「病院の選び方」に関わるアドバイスが可能です。 また「医師・看護師とのコミュニケーションの取り方」で中々自分の言いたいことが伝わらない一方通行な言われ方・やり取りをした経験はありませんか?医療職種の考え方・言葉の中に何が含まれているのか、紐解くお手伝いも得意です。 様々な公的制度や対人コミュニケーションを円滑にするポイントを探し、暮らしのお手伝いになれる「相談員」としてご活用ください。 また、気軽に趣味の投稿も備忘録として増やしていきます。

日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分に引っかかった事を自分の言葉を追加して、備忘録的に書き留めます。

今回の言葉は「多様性を認めない支援は支配」というものです。

目の前にいる相談者やその家族は、私にとってクライアントであり、支援対象者です。やりとりをしていく中で、私個人の価値観として、クライアントの持論や価値観、話をしている中身についてどうしても「納得できない私」や「納得したくない私」が顔を出すことがあります。昔はその自分を抑えようとして、気持ちの上で両方の手で自分を抑えてしまい、自分の事しか掴めないような場面も多くありました。そのような時は、得てしてクライアントを見ておらず、自分しか見ていない時でもあります。

そんな自分の価値観がクライアントの支援を邪魔する時に起こるのが、自分の価値観に当てはめてクライアントを審判してしまうという状態です。自分でその状態に気付いた時には、既にクライアントとの信頼を失う状況に陥ってしまいます。対人援助職としては、私にもクライアントにも良い事はありません。

これら良い事が起こらない「審判的な個人の私」スイッチが自動的に入ってしまい、そのまま進みそうになる時に一旦立ち止まらせてくれる言葉があります。それが、「多様性を認めない支援は支配」という言葉です。

今の自分の対応が、クライアントにとって「支配」になっていないか?意図的に私にとっての良い方に「操作」していないか?ちゃんと「自己決定」がクライアント自身で出来るようにしているか?など、様々な振り返りが出来る立ち止まるチャンスをくれる言葉になっています。

これは、バイスティックの「非審判的な態度」であるかどうか、という自己覚知です。

実際に仕事をしていく中で、これらの思いを制約のある中で100%出来ているとは、恥ずかしながら正直言えません。それでも、大切な気付きの内容が支配によって全く無くなるのではなく、1%でも増えるようにする努力は、結果的にクライアントの支援の質の向上はもちろん、私自身をも助けていると感じています。

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現在は医療機関で医療ソーシャルワーカーとして10年以上働いていおります。相談援助職の国家資格である「社会福祉士」の資格を持ち、介護保険制度のプロである「介護支援専門員」の資格も生かし、医療と福祉の両面で、生活すること、生きること、暮らすことのお手伝いを行っています。 中々人に言い辛い「お金にまつわること」を始めとすることや「社会保障制度」の活用の仕方や、「介護サービスのこと」「病院の選び方」に関わるアドバイスが可能です。 また「医師・看護師とのコミュニケーションの取り方」で中々自分の言いたいことが伝わらない一方通行な言われ方・やり取りをした経験はありませんか?医療職種の考え方・言葉の中に何が含まれているのか、紐解くお手伝いも得意です。 様々な公的制度や対人コミュニケーションを円滑にするポイントを探し、暮らしのお手伝いになれる「相談員」としてご活用ください。 また、気軽に趣味の投稿も備忘録として増やしていきます。

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