自分の気付きと振り返り(57)「視線を掴みに行く」

日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分に引っかかった事を自分の言葉を追加して、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「視線を掴みに行く」というものです。
対人援助職はコミュニケーションを武器にします。クライアントやその家族と向き合う時はもちろん、支援者スタッフたちとのやり取りや会議、研修など、様々な場面においてコミュニケーションを取らない場面はありません。
そのような中で、特に私が注意をしている事があります。それは「視線を掴みに行く」ということです。これは、日頃のコミュニケーションを取るときはもちろんですが、クライアントが認知症の方であるほど、意識的に使っています。
認知症の方は、その症状が進行すればするほど、様々な場面で注意が散漫になります。頭で処理できる情報がとても少なくなり、感情的になったり、諦めたり、悲観したり、話題がすり替わったりしてしまいます。また、認知症の最重度の状況に至ると、目の前のものではない情景や環境が本人には見えてしまっており、今ここに居る事を意識できずに混乱してしまったり、逆に全く返答できなくなってしまう事もあります。
そのような認知症の重度な状況に至ったクライアントと出会った際は、まず自分からクライアントの視線に自分の目線が行くように近づき、緊張感が和らぐように微笑みかけたり、気が付かない時は肩や手をそっと触れながらその場に居るようにします。そして、私の目線にクライアントが気付いた時に話すようにしています。話す内容も「はい・いいえ」など頷きや首振りでも返答しやすいクローズドクエスチョンから始めていきます。
視線を掴みに行く事は、もちろん意識や反応の無い方に対しても行っていきます。声は最後までクライアントに届いていると信じていますので、反応されない方でも目線を掴みに行きながら、今のクライアント自身の状況や向き合っている支援者自身の行動をクライアントに知ってもらうようにナレーションしながら声をかけ続け、本人に向き合う事を意識するようにしています。
私が大切にしている「感じの良いソーシャルワーカーになる」ということを体現する一つが、「目線を掴みに行く」という事なのだと改めて振り返りました。