自分の気付きと振り返り(96)「雑談は繋がるためのチューニング」
日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分の心に留まったもの、自分の振り返りの言葉などを取り上げて、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「雑談は繋がるためのチューニング」というものです。

日々の仕事や生活の場面で「雑談」をする事がありますが、私は以前から雑談が苦手でした。例えば、会議に出席をする場面で会場に行くためのエレベーターの待ち時間に、同じ会議に行く方々と居合わせる際のちょっとした時間の会話です。何を話していいか分からず、会議になれば仕事としてやり取りをするのだから良いやと気にせず、無言でただ会場に着くまでをやり過ごしていました。最初の頃は別に気にならなかったのですが、徐々に居心地の悪さを感じていくようになりました。
ある時、研修会場に行くためのエレベーターで、先と同じような場面に遭遇しました。私は無言でやり過ごそうとしていたのですが、隣に居合わせた全く会った事が無い方が「今日は寒いですね」と声をかけてくれました。同じ研修を受けるという目的のみが共通している場面でしたが、その言葉でその場の空気が軽くなる感覚を得ました。
それ以来、雑談って意味があるのだと知ってから、私は「雑談」というものにもっと重きを置いて良いのかなと思うようになりました。そして雑談は、人とこれから繋がろうとするための、自分と相手のチューニング作業の1つなのかなと考えるようになりました。
相談援助職は、自分と相手の発する言葉の意味を考えます。言葉を交わす事は、相手を理解する事だと意識しています。そのため、コミュニケーションには、当然「意味」を持たせます。
一方で、雑談は、内容自体に意味は無くて良いのかなと思っています。相手との距離を知り、止まっている場の空気を少し動かし、相手と私の場の空気の温度を少しだけ上げる行動が、雑談なのだと私は思います。
雑談は、人とのコミュニケーションをする前のチューニング(調律・同調)なのだと改めて理解出来たことで、私が勝手に気まずさを感じていた「あの時間」は、とてももったいない事だと感じるようになりました。今では、自分の為にも仕事のためにも、気持ちのチューニング作業としても雑談をするように心がけています。
意味の無い話、くだらない話って、実は人間を温かく繋ぐための力なのかもしれません。