自分の気付きと振り返り(97)「許すことが出来るのが人間」
日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分の心に留まったもの、自分の振り返りの言葉などを取り上げて、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「許すことが出来るのが人間」というものです。

私達は常日頃「自分がどのような人間なのか」という事を、振り返るように暮らしてはいないと思います。自分の事を振り返る時は、大抵何かに躓いたり、失敗したり、怒りを覚えたりというネガティブな要素を感じた時か、きっかけが有り自分の行いや考え方を振り返る必要性を意識的に持った時だと思います。
例えば私なら、他者の言葉に自分がかき乱されたり、他者の言動にイライラしてしまったり、過去の自分の行いが自分や相手を傷つけたりと、自分にも相手にもダメージが出ると、自分を振り返る事が多くなります。「あの時こうすれば良かった」「これは自分が言い過ぎた」「相手を不快にさせてしまって気まずい」等、数えればきりがありません。
先に上げた、悲しみや恐れや怒り等のネガティブな感情を自分で振り返る程に、最初はその感情をなぞるように繰り返され頭に残り続けます。最後は「そんな自分が嫌だ・許せない」という思いが浮かび、苛立ちや悲しみを同時に噛みしめる事に繋がります。
そんな中で出会った言葉が「許すことが出来るのが人間」という言葉です。私はこの言葉を聞いて、人間という動物は、許すという事が出来る動物であるという事を始めて意識しました。人間以外の他の動物であれば、苛立てば他の動物に攻撃する事は容易に想像がつきますし、悲しみを感じれば自身を傷つける行動に出るでしょう。ストレスを感じた衝動は行動に出やすくなります。だからこそ、動物が感じるストレスは、生死に直結するのです。
社会的な動物である人間も同様に、大きなストレスを感じた反応が衝動的な行動に出やすく、最終的に生死に直結する事があるのは当然だと感じました。そのような最悪の事態を避けていく手段として、これら生命を脅かすストレスの源である「ストレス感情」を、昇華して生きやすくする事の1つが「許す」という考え方なのだと思います。
「許す」という字の意味を調べていくと、「認める、聞き入れる、咎めない事にする、任る、緩める、打ち解ける」などの使い方をします。感情を柔和にさせ、考え方を柔軟にし、違いを認め、緊張を解き、相手の距離を程よくさせる自分の考えと行動は、まさしく「自分と相手を許した」と言ってよい感情の昇華なのだと感じました。
社会的な生き物の私達は、日々何かしらのストレスを感じます。時に原始的な感情で相手と自分を攻撃します。そのような中で自分と相手の今をアセスメントしながら、感情を柔和にさせ、考え方を柔軟にし、違いを認め、緊張を解き、相手の距離を程よくさせる要素が1つでも見つかるかもしれません。見つけられない、または見つけたく無くても、これらの要素に解釈できる部分を1つでも見つけたら、感情の昇華はすぐそこです。
これら一連のストレスが、今を生きる私達にとって「気にならない」という状態に持っていく為の心の筋トレが、「感情の昇華」であり、「許す」という考え方なのだと振り返りました。