自分の気付きと振り返り(99)「自己肯定感はタイヤの空気圧に似ている」
日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分の心に留まったもの、自分の振り返りの言葉などを取り上げて、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「自己肯定感はタイヤの空気圧に似ている」というものです。

皆様は、自分自身の事を認めてあげられていますか?
私は少し前まで、自分の事を認めていく事が苦手で、自分に自信がありませんでした。その癖にプライドは高いため、「自分は優れているのに評価されないのは他人が悪い」と思いこみ、その気持ちを自分にも相手にも偽装する為に、わざと謙遜するような立ち振る舞いをするという、大変面倒くさい拗らせた人間でした。
自分自身を認めてあげられなかったからこそ、他者評価でしか自分の萎んだ心を膨らませる事が出来ず、いつも褒めてくれる他人の言葉を渇望して生きていました。
しかし、そんな生き方をしている事に疲れてしまったある日、心が底を突いた感覚がしました。そこから自分自身お過大評価を手放した時、「自分で自分の弱さも醜さも仕様がない自分である」ことを素直に受け止める事が出来ました。
そこからは、「自分を認める」という事と、他人軸で生きる事から「自分軸で生きる心地よさ」を体感しました。そして、「自分の人生の舵とりを自分の責任で行う」という事の怖さと充実感を経験して、不完全でもよい私を「許す」ことが出来ました。私はその時初めて「自己肯定感」を自分事として知ることが出来ました。
これら一連の体感は、「交流分析(TA)」における「私もOK、あなたもOK」という理想的な人生態度のことだと振り返ることが出来ました。この価値観や態度は、自分と他者の両方の不完全さを認めつつ、互いの価値や尊厳を否定する事が無く、相互の信頼や幸福感の向上をもたらす、成熟した対人関係の基盤と言われています。私はこの気づきを体感するまで、「私はOK、あなたはNotOK」または「私もあなたもNotOK」でした。
私が気付き得る前のように、これらのバランスが崩れていくと、最終的には他者を否定したり、自分を否定したり、両方を否定したりと、良いことがありません。このバランスの絶妙さや大切さを再認識させてくれる言葉の1つが、本日取り上げた「自己肯定感はタイヤの空気圧に似ている」という言葉でした。
タイヤにはそれぞれの大きさや特徴に合わせて、適正な空気圧が存在します。その空気圧が少なすぎると、タイヤは外圧からのストレスによりゆがみ、過度に変形し、転がらずにタイヤとしての機能を上手く果たせず、最終的にはパンクします。また、タイヤの空気圧が過剰でも、内圧からのストレスで変形し、本来の使い方が出来ない結果として消耗が激しくなり、最終的にはパンクします。同じタイヤでも、大きさや用途によって、「丁度良いバランス」が皆違います。環境によっても変化させていく必要があります。
これを人間に置き換えてみると、言い得て妙だなと私は感じました。その人それぞれに自己肯定感(空気圧)の適正が決まっていて、低すぎても高すぎても自分を壊し、貶めてしまう危うさがあります。そもそも、自己肯定感を他者を貶めた優位性と勘違いする事無く捉えられる人間性の成長と、自分と相手を俯瞰して見られる自己が土台になっている事は言うまでもありません。
「私もOK、あなたもOK」という、その時の私に合った自己肯定感で、パンクせずにしっかり前に進んで行きたいなと改めて振り返りました。