自分の気付きと振り返り(100)「自分探しは落ち込んでいるサイン」
日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分の心に留まったもの、自分の振り返りの言葉などを取り上げて、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「自分探しは落ち込んでいるサイン」というものです。

「本当の自分って何だろう?」「何のために生まれてきたんだろう」「私の生きる意味って何?」
この様に感じたり、思ったり、考えたりした事が誰しも一度はあるのではないでしょうか。私ももれなくこのような状況に至り、自身を更なる内面世界へと掘り進め、自問自答をし続けて抜け出せなくなりそうになったことがあります。今でこそ笑い飛ばせるのですが、掘り進めた内面世界に居る時は、本当に真っ暗闇で、孤独で、辛かったことを覚えています。
今回の「自分探しは落ち込んでいるサイン」という言葉は、大人になった今の私が、過去の私に対してかけてあげたかった言葉です。
当時は「本当の自分」「生まれた意味」「生きる意味」など、変に哲学的に考えて自閉的になると同時に、その考えている自分や傷付いている自分に酔う事で、更に答えの無い事を掘り進めていた気がします。
でも、今ならその当時の私の気持ちを言い表せることが出来ます。きっかけはどうあれ、単に落ち込んでいたのです。そして、自分が嫌いになっていたのです。不貞腐れているのに、カッコがつかないから逃げていたのです。これらの繰り返しで弱っていたのです。
心身に疲れが出ている時、私達は「弱っている状態」になります。これは「自分の事を低く見積もっている時」に現れがちです。日頃の生活の中で、自分が弱る要素になる「言葉」や「態度」を見聞きしていませんか?「私なんか…」という自分自身を低く見積もる言葉も、その要素の1つです。
「本当の自分って何だろう?」「何のために生まれてきたんだろう」「私の生きる意味って何?」
このような思いがよぎった時は、自分が弱っている状態なのだと、気が付かせてくれるサインだと思います。私自身が私を頑張っていることを認め、自分の事を好きでいると、少しずつ回復してくるものです。そして、弱りが自分自身で気にならなくなる時が、回復した時なのだと思います。
簡単に人と比べられる世の中で、努力が結果に繋がるとは限らない今、自分の事を低く見積もり過ぎてしまう私達は、簡単に弱ってしまいます。せめて自分自身で、自分に対して、頑張る事やその行動自体に対して、「お疲れさま」と言ってあげられると、自分の事を今よりも少しだけ好きでいられて、弱りから回復してくると思うのです。