自分の気付きと振り返り(103)「人に勝つために頑張るのをやめる」
日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分の心に留まったもの、自分の振り返りの言葉などを取り上げて、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「人に勝つために頑張るのをやめる」というものです。

私達は常に様々な競争の場面にさらされています。経済活動は分かりやすく数字によって表れ、そこに「勝ち負け」が現れます。この勝ち負けが「評価の基準」になっており、私達はそれが当たり前になっています。
勝ち負けが評価の基準になるという事は、常に数字を見比べて「誰かと競う」という状況になります。SNSをはじめとした「誰とでも繋がれる環境」は、容易に制限なく私達を競わせてしまいます。
社会や個人で競う事が増えれば、情報量は増加し、更新される頻度が早くなり続けます。この環境においては、効率よく処理する事(タイムパフォーマンス)を常に求められます。それが当たり前になることで、より競争が激しくなり、投下出来るコストを下げる事(コストパフォーマンス)が出来ないと生き残れなくなる仕組みに、世の中は変容してきました。
「もっと、もっと」と人に勝つために頑張る程、私達の余裕や余白は無くなり、他者との比較は激しさを増し、追い越される・置いて行かれる感覚を一度覚えれば、その後は恐怖を感じざるを得ません。他者との比較は、一部で一時的な優越感も感じる事が出来るかもしれませんが、多くの場合、劣等感や嫉妬心が生まれ、不安や焦りを引き起こし、自分自身が不安定になりやすい状況となります。
今の社会は、常時何者かと繋がり、常時誰かと比較し、常時自分を急き立てます。すると、価値観のモノサシが自分から他者にすり替わり、自分が見えなくなると、擦り切れます。
対人援助の視点で、これら生き辛くなる自分と環境をアセスメントしてみると、結果として「私の立ち位置(ポジショニング)」がズレているからだと気が付きました。
今回のテーマである「人に勝つために頑張るのをやめる」という言葉は、ポジショニングのズレを自分に気付かせてくれる言葉であり、自分の立ち位置をニュートラルに戻す言葉です。
勝ち負けという評価の基準から、競う相手を「昔の自分」として、「今の自分」へ比較の対象を変えてみる。すると、自分がもう一度見えるようになり、他者比較をしていたモノサシが変わり、自分を急き立てていた物事を見直すことが出来るようになり、繋がりと比較をしていく場面は自分で選択できる事に気が付きます。
他者のモノサシにより他者の評価を得るために動いていた他人軸の私から、自分のモノサシにより自分の評価を自身が得るために動ける自分軸の私への変化は、まさに自己覚知です。
生き辛さを感じる私達が、今より少しでも生きやすくなるためには、対人援助職としての考え方や視点を、私自身の生きやすさの一助になるように上手に利用する事が大事なのだと振り返りました。