自分の気付きと振り返り(122)「モヤモヤが成長させてくれること」
日頃の仕事での気付きや、本やメディアなどの言葉で自分の心に留まったもの、自分の振り返りの言葉などを取り上げて、備忘録的に書き留めます。
今回の言葉は「モヤモヤが成長させてくれること」というものです。

今の時代、AIの進化に伴い、タイパ・コスパが良いと思えるように、またはインスタントに「答えのようなもの」が手に入る世の中になりました。
簡単に「わかった」と思えるものが手元に常にあると、私たちはそれ以上考えず、意識的、無意識的にも思考停止になっているような感覚になります。検索して簡単にわかったと済むものはもちろん存在します。しかし、それが全てでもないなと私は感じています。
例えば、耳の痛いアドバイスが自分の胸に刺さってしまう事がありました。当時は、「なんでそんなことを言われないといけないのか?」悲しさや苛立ちを覚えました。耳の痛いアドバイスの言葉を投げかけられた当初は、きちんと傷ついたと思える感覚でした。でも、その言葉の意味が自分の当時の考えや思いや語彙の中では、腑に落ちる解釈が出来ず、傷ついた感覚が「モヤモヤ」と自分の中で消えずに片隅にある状態が数年続きました。
事あるごとにモヤモヤを解消しようと解釈に取り組みますが、腑に落ちない。そんな試行錯誤を繰り返したある日、そのモヤモヤが腑に落ちる体験をして、言語化が出来て、とても大きなカタルシスとなっていくことを自分の中で感じました。
この経験から、私は「きちんとモヤモヤ」出来たなら、それを考えて突き詰めていくとで、そのプロセスにも意味があり、AIでは個別化できない「自分だけの答え」にたどり着く日が来るのだなと実感することが出来ました。
AI時代のAIネイティブの人達からすれば、それは「タイパ・コスパの悪い行動」に映ると思います。しかし、その過程で得た体感や体験は、今までインスタントにわかった座学の情報を、「経験」に昇華していくことが出来るものです。このプロセスが自分に積み重なり、自分を形作る芯になるのかなと私は感じています。
これらの実体験から、私は耳の痛いアドバイスで自分がちゃんと「モヤモヤ」出来たのであれば、それを簡単に「スッキリ」させてしまうと人生にとって「もったいない」ことになるかもしれないと考えるようになりました。また、当初傷つく言葉であったとしても、これらの解釈をすることで、タイパ・コスパよく簡単にスッキリできてしまうことは、自分を育てていくことを妨げてしまうのかもしれないと考えられるようになりました。
モヤモヤが成長させてくれることがあるという事実は、AI時代において人間がモヤモヤを耐え抜く一つの根拠であり、モヤモヤはちゃんと感じていいと肯定できるようになると、今を生きやすく出来るのかもしれないと思いました。